いちご大好き乙女な女4人組、バスツアーであまーいいちごが食べ放題!いちご狩りもできて、いちごのスイーツも食べ放題というまさに私たちのための、いちご三昧なバスツアーを見つけた!と行く気マンマンで友達が連絡してきました。そりゃいくっきゃないわってことで、4人のスケジュールを調節して早速予約しました。大当たりです!今まで行った日帰り旅行の中で一番よかったかもしれません。だっていちご好きのためのコースじゃ
バスツアーであまーいいちご三昧... の続きを読む
私が学生の頃、白馬を訪れるツアーに家族で行ったことがあります。バスで行く旅行だったのですが、白馬のジャンプ台を見学したり、わさび園に行ったり、白馬山の登山まで体験できるものでした。自家用車で色々な所を回ろうとすると運転手が疲れてしまいますが、ツアーを利用すると、あれこれと計画を立てなくても良いし、移動もとてもラクで、いつも運転手を勤める父親などは非常に楽しんでいる様子でした。特に白馬山は少し雪が残
ツアーで白馬に行きました... の続きを読む
地形、生物、景観を含む地域。(1)生命の進化、地球の歴史段階を示すところ。(2)陸上、淡水域、海洋の生物の進化や発展において進行しつつある重要な生態学、生物学的過程を代表するところ。(3)すばらしく美しい自然現象や景観が見られるところ。(4)絶滅の危機にさらされている動植物の生息地や、野生の生物の多様性を保護するために重要なところ。複合遺産−文化と自然の両方の要素を兼ね備えたもの。それぞれの登録基
自然遺産について... の続きを読む
フェニキア人によるティパサの埋設は、紀元前七世紀にさかのぼる。長さ二〇〇メートル、幅一四メートルの石畳の大通りができ、カルタゴを本拠にしたフェニキア人が交易拠点としたが、紀元後はローマ軍が進駐し、その植民都市となって発展した。公共広場(フォルム)や神殿、浴場、円形闘技場、劇場など今もティパサに遺跡として残る建造物が建てられた。六世紀のビザンティン帝国軍襲来で、住民の多くがティパサを去り、七世紀にな
ニュータウンに侵食される地中海交易の港町... の続きを読む
子どもが小学生まででないと、なかなかいっしょに家族旅行はできないと先輩のママ友から言われてました。それで、機会があったらできるだけそろって旅行をするよう心がけました。車で出かけるのが一番多かったですが、公共の輸送機関を利用する経験も大切だと思って、電車やバスにも乗りました。日常ではないというだけで、子どもは喜びはしゃいでいました。回りの迷惑にならないで、目的地に着くまで我慢する練習となりました。特
記憶に残った家族旅行... の続きを読む
家族旅行は、すべてがいい思い出となります。我が家も子どもの成長に合わせてできるだけいろいろな場所に旅行しました。ほとんどが車での旅行でした。子どもが小さいときは、車の中でいくら泣いたり、騒いだりしてもいいので運転する主人は大変だったと思いますが、ほとんどがマイカー利用でした。何度も旅行で車に乗せていると、子どもも慣れて来ました。車酔いもなく、長距離であっても、それなりに車内で遊んだりして、退屈しな
家族旅行はいい思い出になります... の続きを読む
四国や九州へのフェリー面温泉クルーズを考えている人には利用価値大だ。また、関西汽船は二〇〇八年の七月八日から、これまで利用していた大阪南港フェリーターミナル(名門大洋フェリーや四国オレンジフェリーが使用)から大阪南港コスモフェリーターミナル(ATC=アジア太平洋トレードセンター乗り場)に移転した。ATCは大阪の新名所・南港エリアにある複合商業施設で、レストランやショップ、アウトレッドモールなど多数
大阪の新しい海の玄関口を楽しむにも便利になった... の続きを読む
ツアーへ!あのサンセットと星空は、すごかったのです。雲の中の道を走ってるときは、前が全く見えなくて本当にビビりましたが、途中何度かストップしてくれるので、高山病っぽくもなりませんでした。富士山山頂より高い場所に車で連れて行ってもらえて、あの夕陽がみられるなんて、ほんとにすばらしいです!!日が暮れてから、3600m付近まで降りたのかな?少し下ってから星空観賞です。これもまたすごい。雲がないと、ほぼ上
感動の得られるツアーは貴重な体験です。... の続きを読む
かつては秘境ツアー専門の中小旅行社しか取り扱っていなかった地域にも、最近は大手旅行社がツアーを組むようになった。たとえば、旅行業界の老舗、JTBの第1ブランド「ルック」の二〇〇五年のツアーパンフレットを集めてみると、「青ナイルの源流シバの女王とソロモン伝説エチオピア周遊ハイライト11日間」とか、「グルジア軍用道路縦断とコーカサス3国歴史模様12日間」といったコースが掲載されている。前者は、「ラリベ
大手旅行会社の秘境ツアーについて... の続きを読む
山をメサという。これは残丘の一種で、平らな地面が長時間かけて削られてこんな地形になった。上に硬い地層が乗っているためなかなか削れずにがんばっている間、下の比較的柔らかい地層が簡単に浸食された結果、こんなテーブルが出来上がったのである。さらに何万年(何十万年?)もかかって削り込まれると、さしもの堅い岩盤も削られて富士山型の山に変貌していくが、そうなった状態がビュートである。讃岐平野には讃岐富士の異名
メサ、ビュート、地球の造形を楽しむ... の続きを読む
世間では「鉄ちゃん」「テツ」などとひとくくりにするけれど、鉄道趣味は幅が広い。最も多いのは車両そのものが好きで、お目当ての列車が来れば眺めているだけで幸せな人。このような人は駅のホームで珍しい臨時列車に遭遇でもしようものなら、「お、○○系が来た!」などと興奮するので、私のように車両にそれほど興味を持ち合わせていない同行者はどう対応していいのか困る。他にも時刻表好きもあれば、模型や切符を収集する人も
「鉄っちゃん」... の続きを読む
自分の気が向いたときに、肩ひじ張らず、金額的にも背伸びしないで行きたいところへクルーズすることは可能なのか?答えはイエス。そしてこの希望をまとめてかなえてくれるのが「フェリーdeクルーズ」なのである。日本は四方を海に囲まれた島国である。ということはつまり、北は北海道から本州、四国、九州、そして南は沖縄まで、津々浦々を数多くのフェリーが結んでいる。その大部分がほぼ毎日運航されており、満席でなければい
「フェリーdeクルーズ」とは何か?... の続きを読む
バンガロールで使われている文字によく似ているのだ。シンガポールにいるのは、北インドの人々ではなく、南インドの人々だった。丸っこい文字が、そう教えてくれる。シンガポールは南インドとつながっていたのだ。帰国後、この文字について調べてみた。シンガポールで使われていたのはタミル文字だった。バンガロールの看板に躍っていたのは、カンナタ文字だった。バンガロールを州都にするカルナータカ州の公用語だ。だが、このふ
あの文字だった... の続きを読む
さして大きくもない木造船がぎっしりと港に停泊し、荷物の積み込みに慌ただしそうだった。目出し帽をかぶった船員と目が合った。彼はすぐに帽子をとったが、なかから出てきたのはインド顔だった。「インドのムンバイから来たんだ。ここで荷を積んで、ソマリアに行く」浅黒い肌のインド人青年は、どこか得意気な面もちで笑うのだった。1隻の漁船が岸壁に近づいてきた。ぼんやりと眺めていると、船室からわらわらとインド人が現われ
アラブ人ひとりにインド人十数人... の続きを読む
僕らは翌日、この街の定番観光地であるギネスビールの工場を訪ねた。煙突を頼りにダブリンの街を歩く。『ギネスストアーハウス』という見学施設に出た。入場券には、最上階の展望バーで飲めるギネスの生ビール1杯分の料金が含まれていた。それを飲みながら、ダブリンの街を眺めた。「なんて頑固な街なんだ」つい、口をついて出た言葉だった。ダブリンは周辺も含めると160万の人口を抱えている。普通、この規模の街なら、近代的
16世紀後半にできた建物が使われている... の続きを読む
海外では二〇〇一年一〇月にも、「滑走路への誤進入」が原因で百十八人が死亡する大惨事が起きてしまった。イタリア−ミラノのリテーナ空港でスカンジナビア航空(SAS)のMD−87は乗客乗員百十人を乗せてコペンハーゲンに向かうため、濃霧の中で離陸の滑走を始めた。すると、行く手の滑走路上に小型機の姿を発見したため、急いで機体を引き揚げたが間に合わず、機体をぶつけた上に滑走路先の手荷物集積場に突っ込んで爆発炎
海外での大惨事... の続きを読む
第1号のホテルは、1957年、ヴァージニア州アーリントンに「ツイン・ブリッジ・モーターホテル」として開業。1969年にはアカプルコに初の海外進出を果たし、1975年にはヨーロッパにも拡大。その後、好調なフードビジネスを基盤にホテルの所有数も加速度的に増えていった。1981年に100軒目のホテルがハワイに誕生したが、わずか8年後の1989年には500軒目のホテルをポーランドのワルシャワに開業している
フードビジネスを基盤にホテル事業を拡大... の続きを読む
旅仕度、中身よりも、それを入れる鞄そのものの方が重要な問題だ。大きさ、素材、ポケット、形状など、考えるべきは多くある。最も重要なのは、肩から下げられるショルダーベルトの付いた鞄を選ぶということ。リュックサックでもいい。ひとり旅では、誰の助けも借りず、スムーズに行動する為に、両手が自由に使えるようにした方がいいのだ。最近よく見かけるようになったキャスター付きのバッグ。駅の構内や街なかでゴロゴロ音を立
鞄は「大は小を兼ねる」... の続きを読む
仕事を離れたひとり旅、朝、爽やかに目覚められるのは何故なんだろう。パチッと限が開き、ズックと起き上がり、シャツとカーテンを開ける。「ツ」の連続なのである。これに対して仕事のある日は目覚めが悪い。ぼんやりと眼が開き、のっそりと起き上がり、ずりずりとカーテンを開ける。「り」だらけなのである。ここは「グリーンホテル尾道」。カーテンを開けると、一気にまばゆいばかりの朝陽が差し込んで来た。尾道水道、目の前の
ひとり旅の朝は軽くコーヒーだけに限る... の続きを読む
家族で出かけることはそんなに多くないという家庭もあるかもしれません。それでも、たまには時間を合わせて旅行に行くのもいいのではないでしょうか。同じ目的に向かって計画をし、一緒に出かける。普段ではなかなか一緒に過ごせないだけに、話もゆっくりできる。一緒に温泉に入るのも、やはり素敵なひと時だと思います。旅行に行くと、気持ちがさわやかになることもあるのではないでしょうか。いつもとは違う時間を過ごすことは、
家族旅行だからこそ楽しめること... の続きを読む
NSW州とSA州とのボーダーを越えるわけだ。その時点で我々は時計の針を30分逆戻りさせることになる。州境でEST(東部標準時間)からCST(中部標準時間)になるからだ。いいかい? わかるね!ところが、鉄道はここブロークンーヒル駅がボーダーになってるんだよ。ここまでがNSW州営鉄道、この先はS八州営鉄道さ。今、8時30分だよね。予定より20分早く着いてしまったけど、ここで30分時計の針を戻すと、8時
キッネにつままれた?... の続きを読む
揚子江の岸辺に開港したピッカピカの上海浦車国際空港に降り立つ。上海は3年振りだが、当時は古風でローカル色も豊かな虹橋空港に着陸したものだから、その変貌ぶりには目を見張るばかりだ。まさに気分はおヒりさんである。キョロキョロしながら入国、そして税関審査を済ませターミナルビルを出てみれば、目の前に今回の旅の最大の目的である「SMT」の乗り場はあった。SMTとは「シャンハイーマグレブートレイン」の略で、中
ピッカピカの上海浦車国際空港... の続きを読む
ホテルのレストランは朝食をとるところと相場がきまっているのである。もっともホテルのレストランでも、パリのリッツのエスパルドンとか、ホテル・クリヨンのアンバサドールやブリストル・ホテルのレストランのようにミシュランで二つ星をもらっているところがある。ニースのネグレスコにあるシャンテクレールというレストランも、二つ星に輝いている。ミシュランは一流ホテルのレストランには最高二つ星しかつけない習慣があって
ホテルのレストラン... の続きを読む
名鉄に先を越された小田急ロマンスカーは、もっぱら新宿と小田原、箱根湯本、片瀬江ノ島を結ぶ行楽用の豪華特急としてのみ使われることになる。これに対して、名鉄パノラマカーは、名古屋本線(豊橋−新岐阜)の特急だけではなく、支線を含む急行や準急、それに各駅停車の車両としても使われてゆく。座席指定の料金を払って乗った特急の車両が、別の日には急行や準急になり、名古屋の中心部に通うサラリーマンや学生で一杯になって
名鉄に先を越された小田急ロマンスカー... の続きを読む
ホスピタリティービジネスの絶対的なテーマである。この命題を理解し、それを実現させるためのノウハウを構築することが重要だ。今日、一流として知られるホテルブランドの数々は、そのビープルズビジネスに長けたブランドだといえるだろう。では、優秀な人材とはどういうものなのか。海外でホテルを取材している際、よく、ホテリエやスタッフの口から「我がチーム」「我が家」という言葉が出てくる。そして、そう話す彼らの細やか
優秀な人材こそがホテルを成功へと導き、流へと高めて... の続きを読む
大学卒業後に勤めた会社は福利厚生が充実していました。そのひとつが社内旅行制度です。社員・パート6名以上で行き先と目的を申請すれば、会社から補助金をもらって旅行することができるというものです。入社1年目にイベントスタッフとなった私は、その制度を利用して先輩方と共に根室への国内旅行へ行きました。目的は「さんま祭り」です。海岸沿いで獲れたて・焼きたてのさんまを無料で何匹でも食べられるというお祭りで、多く
社内旅行で根室への国内旅行... の続きを読む
子供も一緒にいく国内旅行では、大人だけで行くのと勝手が違います。日常と違う場所に行くので、子供も楽しくもあり、不安でもあり、思うように行かなくて、ぐずり始めてしまうことも多いでしょう。そんなときに、持って行くと便利なものはどんなものでしょうか。まずは、遊びなれたおもちゃや本、です。普段目にして遊んでいるもので遊ばせておくと、気持ちも落ち着きます。ちょっと飽きてきたな、と思ったら、そのおもちゃで時間
子供と行く国内旅行の便利グッズ... の続きを読む
私が購入できたのは、紅茶だけであった。トイレットペーパーは売り切れで「ニェット」。砂糖は5キロ入りの特大袋しかなく「ニェット」。ティーカップとスプーンは6客セットでなければ「ニェット」だったのである。紅茶も本当はティーバッグ式のものが欲しかったのだが、残念ながらなかった。フンペリア鉄道で「ロシアンティー」を実現させるために、無駄を承知で1年分はあろうかという大袋を買ったのである。結局、ティーカップ
紅茶以外は「ニエット」... の続きを読む
店主の□から出てきた言葉はたったひと言、「没有(ない)」もう手に入らないんじゃないだろうか、という不安に襲われる。が、気を取りなおして次の店のドアを押し開ける。正直なところ、この店は、3軒のなかでは1番ありそうもない感じがしていた。店の外観があまりにもハデハデだからである。今や立派な骨董品の「海鴎」は、少々傾きかけたカメラ屋で、埃をかぶっているほうがお似合いなのだ。案の定、店内は日本の最新型カメラ
二眼レフカメラが、ない... の続きを読む
扇町行きは、ガラガラの三両編成だった。南武支線の電車と同じタイプのステンレス車両だが、窓下のストライプの色は、こちらは太い黄色の下に細い白と青のストライプが入っている。乗っているのは、工場関係者のような人、何しに来たのか不明な若い男女、テツらしき若者といった面々で、車内の思い思いの場所にばらばらに座っている。電車は、しばらくすると広大な貨物ヤード(操車場)の脇をゆっくりと進んでいく。今やわが国では
いよいよ鶴見線に乗る... の続きを読む
乗継割引制度に大いなる矛盾が内在していることは知る人ぞ知る、である。何かといえば、制度の条文に方向を縛る記述が一部を除いてないため、行路が折り返し乗車となる往復乗車形態であっても、条件さえ整っていれば「乗継割引」が適用可能という点。具体例をあげるならば、以前、テレビ番組などでも紹介され話題となった、東京からの熱海往復がわかりやすい。東京から新幹線で熱海まで行き、その日のうちに特急「踊り子」「スーパ
ちょっとおトク(?)な熱海問題... の続きを読む
牛田駅と京成関屋駅の間は三〇メートルそこそこだから、東武も京成もお互い乗換駅として案内したり、一部連絡乗車券の発売があったりしてもまったく違和感はないけれど、二つの駅が五〇〇メートルも離れていて、乗り換え案内も大っぴらには行われていないにもかかわらず、定期乗車券に限っては、この離れた二つの駅を同一駅とみなし、乗り継ぐ場合、運賃は営業キロを通算するという、妙な事例も存在する。通算できるからには、どち
柏原駅、柏原南口駅、安堂駅... の続きを読む