かつての日本では、「温泉=湯治場」という図式が常識として浸透していました。少なくとも戦前までは、湯治のできない温泉など温泉とは認められていなかったのです。すでに江戸時代から、西洋医学が日本にも入ってきてはいましたが、昔はいまのように、どこにでも立派な病院があったわけではありませんから、田舎に住んでいる人々にとっては、温泉がもっとも身近で手軽な「医療施設」だったにちがいありません。しかし、戦後になって西洋医学が一般化し、発展していくにつれて、湯治場としての温泉の存在感は相対的に低下していきました。
[参考]
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別府温泉
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甲府 ビジネスホテル
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弘前 ホテル
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昔は「無医村」が当たり前でしたが、いまはその存在が問題視されるくらいですから、どんな田舎でも医者がいて当然になったということでしょう。そのため「病気になったら医者に行く」が常識となり、「病気になったら温泉に行く」が常識ではなくなったわけです。すると、温泉はどうなるか。湯治場としての役割は求められなくなっても、温泉が日本人にとって「心地よい場所」であることに変わりはありません。昔の人も、病気を治すことだけが温泉に行く目的ではなかったはずです。最初にもお話ししたとおり、見知らぬ人と同じ湯に浸かって会話を交わすのは、それだけで楽しいことですし、私たちを癒してくれます。そのため戦後の温泉は、湯治場としての存在意義を失い、「行くと楽しい気分になれるところ」となりました。いくつかある温泉の魅力のなかで、その部分だけが生き残った。要するに、「観光地」としての役割がクローズアップされるようになったのです。すると当然、温泉の質も変わらざるをえません。「湯治場」から「観光地」へ。これが、現在の温泉問題を語るうえで、一つのキーワードになっているといえるでしょう。